2003年夏の終わりに、私は札幌への移住を決意しました。そのきっかけは、特別な使命感でも、綿密に練り上げた計画でもありません。2002年から札幌への短期出張を何度も繰り返しているうちに、好奇心がだんだんと膨らんでいきました。この記事では、その好奇心がどう育ち、約1年間の準備期間を経てどのような形になっていったのかを、当時の記憶をたどりながらお伝えします。
「札幌は都会だ」という発見からはじまった
2002年まで、私は銀行のシステム開発に携わる会社に勤めていました。ふとしたご縁からプロジェクトマネジャとして転職することになり、その仕事の関係で出張で札幌に滞在する機会が増えたことが、すべてのはじまりです。
当時住んでいたのは神奈川の稲田堤というところでした。そこから新宿を眺めたときの感覚と似ていて、初めて足を踏み入れた札幌にも「都会だな」と感動しました。もっとも、このときの「札幌」というのは、札幌駅前や大通のことしか指していない、ごく狭い認識だったのですが。
少し離れれば大自然――「札幌はニューヨークみたい」
滞在を続けるうちに、感じ方がさらに変わっていきました。次に抱いたのは「札幌はニューヨークみたいだなぁ」という感覚です。
すすきのなど中心部からちょっと離れるだけで、雄大な自然が広がっている。リスやキタキツネ、ヒグマといった野生動物が、当たり前のようにそこで暮らしている。北海道神宮や円山公園に遊びに行ったときにはエゾリスと出会い、6月頃には街なかでポプラの綿毛が舞っている。札幌の奥座敷と呼ばれる定山渓に足を運んだときには、夜空の星があまりにきれいで思わず立ち尽くしました。神奈川で見ていた夜空とは、星の数がまるで違ったのです。
大通や札幌駅の周辺には高いビルが立ち並び、都市機能もひととおり揃っている。それでいて車で少し走らせるだけで、まったく違う顔の自然に出会える。都会と田舎が、こんなに近い距離で共存している。この事実に、私はどんどん引き込まれていきました。
『水曜どうでしょう』が見放題、というささやかな喜び
移住の理由というと、仕事や暮らしにまつわる大きな話になりがちですが、実際に私の背中を押したのは、もっとささやかなことでした。
テレビをつけると、HTBやSTVで大好きな番組『水曜どうでしょう』のメンバーがリアルタイムで映っている。「見放題だ」という、我ながら意味不明な喜びが湧き上がってきたのを覚えています。壮大な理由だけでなく、こうした小さな「好き」の積み重ねが、実は移住という大きな決断を後押ししてくれるものなのだと、今になって思います。このとき私はまだ、水の美味しさも雪の厳しさも知りませんでしたが。。。
好奇心を確信に変えた、約1年の準備期間
短期出張が終わって日常に戻ってからも、あの街への好奇心は消えませんでした。「行ってみたい」から「住んでみたい」へ。気持ちが固まると、そこからの約1年間、具体的な準備がはじまりました。
住居を探すこと、神奈川の住居を売却すること、妻から移住への合意を得ること、引っ越しの方法を検討すること、新しい仕事を探すこと――やることを数え上げればきりがありません。何一つ着手していなかった最初の頃は、正直なところ、まだ絵空事のように感じていました。
なかでも一番のハードルだと思っていたのは妻への相談でした。まだ一度も訪れたことのない土地への移住です。すんなり頷いてもらえる話ではないだろうと身構えていました。けれど実際に「札幌ってこんなに面白い街なんだ」という話を、出張中に感じたことをそのまま伝えてみると、思っていたよりずっとあっさりと前向きな返事がもらえました。振り返ってみると、私自身のワクワクした気持ちがそのまま言葉に乗っていたからこそ、伝わったのかもしれません。
住居探しと新しい仕事は並行して進めました。何のツテもない土地なので、詳しい人の力を借りることを最優先にしました。地元の不動産会社や転職エージェントに率直に事情を話し、少しずつ情報を集めていく。神奈川の住居の売却や引っ越し方法の検討も、専門家に相談しながらひとつずつ片付けていきました。動き出す前は途方もなく感じていたことも、実際に手を付けてみると、思ったより早く形になっていくものです。不安よりも、次に何が待っているのだろうというワクワクのほうが、いつも少しだけ勝っていたように思います。
2004年12月27日、札幌での生活がはじまった
そして2004年12月27日、札幌での生活がスタートしました。あれから約20年。今では、自分の人生でどの土地よりも長く住み続けている場所になりました。いわば、第二の故郷です。
まとめ
移住の原動力は、壮大な使命感ではなく、新しい土地への純粋な好奇心でした。出張先で芽生えた小さな「行ってみたい」が、1年かけて「住みたい」に育っていく。そのプロセスを振り返ると、移住とは特別な人だけができることではなく、誰の日常にも小さなきっかけとして転がっているものなのかもしれません。次回は、実際に暮らしはじめてから見えてきた、札幌の日常生活のリアルをお伝えします。

